ペトリコール - forget me not -

雨上がりの匂いと勿忘草

わたしたちはいつでもハッピーエンドを待ってるの

日焼けすればもう傷跡は目立たない

誰にでも笑いかけるわけじゃない
夏の扉が開く

耳の後ろにタトゥーを入れたいな、と思って
早何ヶ月か経ってしまった。

多分入れないままになる気がする。

夏の扉は開いただろうか。
ずっと曇り、ずっとジメジメ、たまに雨。


6月は29年間の人生の中でも
なかなかにしんどい月だった。
なにかあったわけではなくて
ただただ気持ちが前に向かなくて

1年前のブログを読んでも似たような感じだったから、6月とか7月頭とは相性が悪いらしい。

7月に入った途端
月初なのに原稿が溜まって忙しくて焦ってる。
結構毎日、なかなかの時間PCとにらめっこしてる。6月の反動、でもにらめっこできるメンタルで良かったと心から思う。


何かあったわけでもないわけでもないか。

前回と同じような理由でカウントしない程度の恋が終わって、終わったところで日々の生活になんの変化もないことに悲しくなって、日焼けしてもそもそも傷跡自体がない。


ふと思い立ってしいたけ占いを見たら
しんどかったなあ、と思うことが書かれてあって、ああ、こういう周期だったのね、と肩の力が抜けたから

当たる、当たらない以前に
不明瞭なものが言語化されていることで気休めになることもあるから、私にとってはちょうどいいコンテンツだったりする。


この間までの絶不調は
髪の毛と一緒にバッサリ切れてくれただろうか。


久々に服を買ったからおでかけしたいと思いつつ、
気がつけばカレンダーが仕事で埋まる。予定がない日に予定を入れることがどうにも苦手。だから仕事で埋まっていく。



低気圧で体が重い。眠い。

深呼吸のように文字を吐き出してみたけれど
なんだかなあ。晴れないかな。

人から好かれることにてらいがないね

自己肯定感の大切さというやつが
某大物カップルの結婚でとりだたされてますが
自己肯定感が底辺の私からすると
自己肯定感がある人が本当に羨ましくて
こればかりは後天的に手に入れるのって難しいと思うのだよね。

小さい頃から褒められず生きてきた人間は
洗脳のように自分の才能が信じられなくて
だから人から好意を持たれることにも違和感を感じる。


その結果こじらせたりメンヘラになったり色々と貞操観念がバグったりするわけだ。



地元の友人から東京に行くから会おうと、珍しく立て続けに連絡があった。
高校の頃の友人はまだ会おうという気になるのだけど、どうにも小中の頃の友人はあまり進んで会う気になれなかったりする。

実際ちょっと時間の管理がうまくできない最近だから、急な誘いは断らざるを得ないのだけど

時間の融通ができないわけではないのに
なんでか融通する気になれなくて

冷たい人間なのかな、と思いつつ

八方美人というか断ることができなくて疲れ果ててしまってたことが何度かあるから
断るときの労力を選んだ方が賢いと思ってはいるんだけど、でもどうにも慣れんなあ。

10年20年前の自分を知る人と会うことは
面白い話も聞けるだろうけど
昔話をしたいわけじゃないし

その頃の自分をあまり覚えていないから
その頃の自分を求められると応えられないしなあ、となってしまう。


飽き性の話をこのブログでしたか覚えてないんだけど、人間関係も飽き性が甚だしいらしく、3年前、2年前とよく遊んでた人と今はほとんど会ってない。

細々と仲良くしてくれる人はもちろん居るし縁が切れているわけではないけれど。


まあ双方環境も価値観も変わるのだから当然か。

梅雨のせいにしたい。
どうにも不調な6月。

それはFコードそれはGコードそれはDコード

私あなたがいつもコンビニで買う
コーヒーは分かってたつもりなのに
間違えちゃったことがショックで
今日は寝れないみたい

相変わらず生活レベルが低い。
やらなきゃいけない事がどんどん後回しになって
それがストレスなのは分かるのだけど
それを片付ける気にもならない。


今日の夜はビジネスホテル。

岡山で働いていて大阪によく行ってた時は
友人の家にお世話になることもあったけど
半分は1人でビジネスホテルに泊まってたなあ。

1人で過ごす空間が必要だったんだと思う。


一人暮らしのいいところは常に1人でいれるところで、だから私は家に人が来るのが苦手。

狭いし整ってないし遠いからというのもあるけど、疲れるらしい。家に人を呼ぶのが好きな人はすごいなあと思う。


1人は好きだけど1人が得意なわけじゃない。


映画もライブも、なんならフェスも1人で行けるけど、映画はおいといてライブやフェスは誰かと行った方が楽しいし、イベント系は1人では行けない。


フェスに向かう新幹線で隣にいるカップルは
どうやら彼女の方がベテランらしい。

新幹線の中ですら写真撮ったりストーリー撮っていたり、ずっと腕を組んでいたりニコニコしていたりする。

私はこういう恋愛をとんとしていないし
多分これから先することはないだろうから

余計に少し1人で居ることに居心地の悪さを感じている。会話の端々的に目的地は同じだし、多分経路も同じだろう。


全部が面倒になるくせに
変に妥協ができなくて

そのくせ自分のことはいつだって
おざなりで適当でその場しのぎで

そんな自分にほとほと愛想が尽きて、
でも根本的に悪いと思っていないから
改善なんてする気も無いし
とりあえず気分転換に髪を切っては
書いたり聴いたり飲んだり寝たり。


気分屋すぎて1万とかするライブのチケットすら
ウキウキしながら買っても当日行かなかったりする。目が覚めてまだ眠かったら寝るのが幸せだし、無理矢理にでも出かけた方が楽しいかもしれない、と思ったら出かけるし、それは目が覚めないと分からない。


たまに自分が発達障害じゃないかと思うことすらあるレベル。マイペースとかそういう次元て許されないくらいに、最近のわたしはひどい。


まあ一過性な気もしてるし、それすら気分。

なんでそんなに素っ気ないのさ

なんでそんなに
素っ気ないのさ そっぽ向いてさ
君の方から誘ったくせに
俺じゃないなら早く言ってよ
そんなに暇じゃないんだ

RADWIPMSのラブソングに共感するなんて
高校生か大学生くらいぶりなんですけど
共感というのがただのイライラだから
大人になったなあと感じます、なってねぇか。

色々あったなあと思いつつ
少し時間が経つと何にもないな、に変わってしまうのが私の悪い癖。


どうしても早い時間に帰る気になれなくて
軽いアルコールのせいにして
思いつく誘える相手にメッセを飛ばして


なにがなんだか分からないままに、合わせるのも疲れるし振り回されるのは御免だから、と、さっさと出会う前に戻ってしまった人と話す機会が設けられたんだけど


言わなかったし言われなかっただけで

ちゃんと慮ってくれてたんだな、とか
覚えててくれてるんだな、とか

これしきのことで焼け木杭に火なんてつかないけれど、知っててくれてたんだなと少し安心して

相変わらず不安定な足場に立って生活している。


仕事のモチベーションが最低で


仕事というか生活のモチベが最低で
今日だってほんとは映画に行くか、編集業務を片付けるかする予定だったのに、憑き物を落としたいと長風呂をしている。


最近ふと気付いたことがあって

かれこれ20年以上、本を読むのも音楽を聴くのも好きだから、それを仕事にしようと決めたのだけど

本や音楽というジャンルは好きだけど
その中のコンテンツは5年以上1番というものが無くて

今はこの作家さん
今はこのアーティストさん

という感じで常時変化している。

変化することは大事だし
変化していかないといけないことでもあるけれど

揺るぎないない一途な想いだと思っていたものが
実際は飽き性で続かないものであると気付いてからは

今の仕事をしている自分が怖くなってしまった。

強みだと思っていた部分が弱みであるとか
得手不得手も長所短所も紙一重であったり二律背反であることは、頭では分かっていたのだけれど

それだけに縋って生活している身としては
それを実感してしまって恐ろしくなってきて

なんだか全てを投げ出したくて
生きることが面倒になってしまっていた。


それでも月末だから
締め切りは被るし書類雑務もしなきゃだし
どうにかこうにかしなきゃいけなくて

部屋は荒れるし無駄遣い増えるし
いいことが全然ない。

仕事も大口案件減ってしまったし。


私の場合マインドコントロールが下手だから
元気を出そうとか、とりあえず部屋片付けよう、とかそういうことが出来なくて

落ちるとこまで落ちるしかないので

しばらく不機嫌だし何にも楽しくない最近。


ここまで激しい波は久々だけど
勝手にどうにかなるのを待つしかないので
仕事を最小限にひたすらダラダラしている。


記録しておこうと思って
長風呂するたび携帯を持ち込むのだけど
文字を打つことが面倒で
やっとこさここまで書けた。


人と話して頭の中を整理したり
脳みそに酸素を入れることは大事なのだけど

人と会うのに疲れたのもある。


そんなことしてたら2019年も半分が終わる。
令和になった影響で、まだ新しく始まったばかり感はあるのだけど。

切り替わらないかな、頭の中。

他の誰にもしないでいて ずっと

あと7日間で世界が終わるなら なんて、
あんなどうしようもない例え話
他の誰にもしないでいて
これからも、ずっと

4月半ばから2社スタートアップのお手伝いを始めて、慣れない業務とスケジュール管理に追われて疲れ果てている今日この頃。

自分の仕事もギリギリのスケジュールになってきて、楽しみにしてた予定も諦めて仕事仕事仕事の毎日になってきてます。

約束の3日前に仕事パツりすぎて飲みに行けないかも、と言ったら何でやねん的な返答を受け、私が悪いけど私も行きたかったし仕事だし仕方ないし、当日ドタキャンはダメだと思って早めに言ったんじゃん頑張れの一言をくれよ😭😭となってしまうほどに余裕がなくなってました。


どんだけ自分勝手な人間だよワタシは、と自己嫌悪に陥り、普段どれだけ周りの人に甘やかされてるんだろう、と実感しました。

行けるか分からないから前日か当日にならんと確定ができない、なんてのは甘えで、予定があるならその予定をこなせるように調整するのが普通。


苦手なんだよなーそれなあー。


ほんとに社会生活や人付き合いに向いていない。自分がそれされても全く気にならんし、むしろ楽だからウェルカム!とか思ってる時点で人の貴重な時間を尊重できてないよね。


と、反省と仕事と仕事とお風呂と仕事と惰眠、って感じの生活をしておりました。


暖かくなってきて、ふんわり夏の香りが近づいてきて、久しぶりに佐藤千亜妃ちゃんなんか聴いたりして、ん?これはきのこ帝国だったかな。まあいいや、可愛い歌詞だなあなんて思ってタイトルに持ってきました。


あと7日間で世界が終わるとしたら、という例え話は過去の恋人としたことないなあ。

明日世界が終わるなら、はあったかもしれない。


私は私が私を好きにさせてくれる人に永らく思い焦がれていて


思い遣られて大事にされて愛される恋愛より
思い遣って大事にして愛する恋愛より

私が私を愛せる存在に昇華してくれる

その人に愛されていることにアイデンティティーを感じ、欲を言えば相手にそれを感じさせることもできる恋愛が性に合っていたな、と最近になって分析できた。


というか今日の朝なんだけど。

お酒の勢いと気まぐれで届いたメッセージが
自己分析に繋がっちゃうんだから可笑しい話だ。


恋人という関係で人と人の付き合いも破綻してしまうのなら、恋人という関係を辞めて人と人で向き合おうと言った日から10年経っている。

10年の間に私はどこが変わったろうか。

thanks for comming! see you.