ペトリコール - forget me not -

雨上がりの匂いと勿忘草

わたしたちはいつでもハッピーエンドを待ってるの

1段低いところに置き換えたシャワーを、たまらなくこの上なく愛しく思ってくれただろうか

大学進学を機に一人暮らしが始まった。

キッチン・お風呂・トイレ共同、一人暮らしというより寮に近いような家だった。
 
一軒家に部屋がいくつかあり、
その部屋だけを借りている状態といば分かりやすいだろうか。
 
 
目覚ましの音は聞こえるし、電話の声ですら筒抜け。
もちろん異性を入れるのはご法度(身内も事前に許可が居る)。
 
 
立地は大学から徒歩5分。
しかし最寄り駅までは20分程歩かねばならず、
近くには八百屋と呼んだほうがしっくり来る小さなスーパーと薬局、
そしてファミレスがあるだけだった。
 
 
加えて坂の上に学校があったのでで、
一人暮らし組はもっぱら電動自転車もしくは原付を移動手段としていた。
 
ちなみにわたしは普通のママチャリとミニチャリ。
若いってすごいなぁ、と過去の自分に感心する。
 
 
その不便さゆえ、2年の契約更新のタイミングで引っ越す人が相次ぐ家だったが、わたしはきっかり4年間そこの住人だった。
しかし、この家で過ごしたのは大学生活の半分くらいだ。
引っ越しは1回もしていない。
 
 
家に居なかった約2年間はどこに居たのかというと、
よくある話だが恋人の家だ。
 
 
歩いて10分~15分の距離だろうか。
住宅街の中にある学生アパートが彼の家だった。
 
 
備え付けの冷蔵庫は小さくて、おまけに冷凍室が無かった。
夏はアイスを買い食いしながら二人で並んで歩いた。
 
 
自由な時間にお風呂に入れて、
洗濯も料理も好き勝手にできるのは嬉しかった。
 
 
一口コンロはなかなかに面倒だったけれど、
10年近く経った今も、私は二口以上コンロがあるところに住んだことが無い。
 
 
彼と付き合う前は何をしていたんだろうというくらい人付き合いをしなくなった。
家に帰れば彼が居るし、居なくてもいつかは帰ってくる。
わざわざほかの予定を入れる必要性がまったくなかった。
 
 
 
おままごとのちょっと大人版みたいな感じで
家事をしている自分に酔いしれていたので、
ご飯をつくったり、彼の洗濯物を畳んだりするのが好きだった。
 
 
合いカギは作らなかったので、
同じ大学構内に居る彼と連絡を取りながら
カギを渡してもらわなければいけなかったのだけど、
 
面倒ではなく、むしろそのやり取りが好きだった。
 
 
照れくさくてつっけんどんな態度をとって、
少し彼を不機嫌にさせてしまったこともある。
不謹慎ながら、そんな彼をとても愛しく思った。
 
 
ご飯なにがいい?とか
シャンプーなくなってたから買うね、とか
帰りにトイレットペーパー買ってきて、とか
 
そういう他愛もない言葉を交わして、つかの間のバイバイをするのが好きだった。
 
 
大学生なのでバイトや飲み会で朝方に帰ることも多かった。
私はわりと鈍感なので、彼が帰ったことに気づかないことがほとんど。
 
シングルベッドに二人で寝ていたから、
さすがに布団に入ってくると気が付いて目が覚めるのだけど、
これでもかというくらいにひっついて、また眠りに落ちた。
 
だいたい彼の帰りが遅くて、そのぶん朝も遅い。
寝ている彼の隣から離れがたくて、午前中はだらだら過ごすのが常だった。
 
 
出かけるのはほとんど近所で、帰りにスーパーで晩ご飯の材料を買う。
今でも一緒にスーパーに行くデートが1番好きなのは、
このときがとても幸せだったからだと思う。
 
 
待ち合わせをしないから、
何を着ていこうとか、髪形どうしよう、とかは悩まないのだけれど
そのぶんドキドキ感はあまりなかった。
 
それでもバイバイをせずに一緒の家に帰れることは、
ドキドキよりも何よりも価値があった。
 
 
 
ちょっと喧嘩をしたり、雰囲気が悪くなっても、
同じベッドで寝れば自然と元に戻っていた。
 
 
今考えれば、それが別れの原因だったのかな、と思う。
曖昧に終わらせて、心に小さいほこりが溜まっていって、
それがお互いを汚してしまったんだろう。
 
 
 
スーパーは坂の下にあるので、自転車に二人乗りをして買い物に行っていた。
なかなか急な坂道だったので、いつも少し怖かったのだけど、
秋冬は彼の上着のポケットに後ろから抱き着いて手をいれて
いつもより強く抱きしめられるから、それがとても嬉しかった。
 
 
中越しが1番素直になれる。
意地っ張りで偏屈で恥ずかしかりやな私は、
自転車の後ろにいるときが1番素直でかわいい彼女になれていたのかもしれない。
 
帰り道は自転車を押して
2人でゆっくり歩いて帰った。
 

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2回目の同じ季節を一緒に過ごすことはできなかった。
短い短い恋だった。
 
 
同じものを食べて、
髪の毛からは同じシャンプーの匂いした。
 
それがどれだけ幸せなことだったのか、
何年もたって、違う土地で一人で生きるようになって、
やっと身に染みて分かった気がする。
 
 
 
朝1番に見る顔も、夜最後に見る顔も彼。
 
 
同じ歯磨き粉で歯を磨いて、
同じボディーソープで身体を洗った。
 
 
 
彼がつかったあとのシャワーは、
1段高いところに置かれていて
 
 
寝起きに必ず煙草を吸う彼専用の灰皿はいつも定位置に置かれていて
 
 
私と同じ要素を持つ彼と
私と違う要素を持つ彼に
 
いつもドギマギしていた。
 
 
どんなふうに別れたのか、正直あんまり覚えていない。
電話かメールだったような気がする。
理由もきちんと覚えていない。
 
 
 
あの不便な家に戻るようになって、
電気を付けてくれる人も、
おかえりやただいまを言ってくれる人も居ないことが
どれだけ部屋を寒くするのかを思い知った。
 
 
1人分の材料を買うのが難しいことも、
洗濯の頻度が少なくなることも、
煙草のにおいが無くなることも、
 
全部全部寂しいと思った。
 
 
 
彼と過ごしたあの部屋は
いつも温かかった。
 
今あの部屋には
どんな人が住んでいるだろう。
 
 
 
※「○○暮らし」というテーマで文章を書く仕事があったので書いたのだけれど、あまりにプライベートな文章になったのでボツにしてこちらに記載してみました。
 

 

thanks for comming! see you.