終日 霧雨の薄明かりが包む白夜の火曜
気が狂いそうな私は
家出の計画を実行に移してみる
冴えないクラスメイトが逃避行のパートナー
彼は無口な上に オートバイを持っていたから
サービスエリアで子供のようにはしゃぐ
クラスメイトが呑気で 私も笑う
弟がいたなら こんな感じかも
愚かしいところが とても似ている
無口でオートバイを持っている人が居たら
確かに逃避行のパートナーにはぴったりだ。
家出をしたいと思ったことはないのだけれども、それは家出というものが非現実すぎたからであって、
家出したいならきちんとした理由を持ち、それを認められた上で家を出る方が余程現実的だという持論があったので、進学にかこつけて家を出た。それがもう10年前のことらしい。
逃避行のパートナーなんていらないから
追われなくていい家出がしたかった。
両親には感謝をしているけれど
尊敬しているとか愛しているかと言われれば
口ごもってしまうなあと思う。
冷たい娘だろうか。
まあそんなことはどうでもいいか。
他人のことを理解したいと思ったことはなくて
理解できないという前提で
どんな価値観や考え方があるのかには興味があって、人の話を聞くのは好きだけど
最近どうにもそれに疲れているらしい。
多種多様な考え方はいいと思っているし、
理解できないからといって腹立たしく思うなんて、そんな馬鹿らしいこともないと思うのだけれども、
何度か積み重なると
「いろんな人がいるなぁ〜」
という楽観ができなくなって
「解せん」
という排他的な感情ばかりが芽生えて来る。
で、まあ疲れていた最近なのだけれども
2018年に入ってから振り回されまくっているとある案件に少し変化が出て、少し疲れが落ち着いた。
振り回されてしまうことに疲れるなら
そんな案件早くクローズさせてしまえばいいのだけれども、いかんせん随分と変わった案件なので、今のところ振り回されるしかないんだよな。
たとえ疲れても、わたしにとってはこの案件もひとつの逃避行であることも事実なのです。
なんか自分の中できちんと完結していないことを話すのが苦手なので、ぼやかした書き方になるねんけども、それなら書くなって話なんやけど、まあ捌け口なので、大目に見てね。
この逃避行のパートナーは無口でもないしオートバイも持ってない。
人はみんな孤独だと誰かは言っているし、
孤独では生きていけないと誰かは歌っているし、
よく分からないわ、男女関係含めた人間関係。
そんな感じでceroのorphansを聴いてます。