ペトリコール - forget me not -

雨上がりの匂いと勿忘草

わたしたちはいつでもハッピーエンドを待ってるの

様々な楽しい苦しいことがあるだらう

何処へゆこう 何処へゆこう

背負いこんだ過去ともに

様々な 楽しい、苦しいことがあるだろう

 

何処へゆこう 何処へゆこう

気の向くまま 心のまま

いうならば いうならば

届きそうで 届かない

風を目指して

 

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少し肌寒い季節に

知らない街を散歩するときは

pletyの「風を目指して」 を聴きます。

 

久しぶりに知らない街を歩きに行って

風に吹かれながらのんびり過ごしました。

 

まさかの再会があったり

少しだけ色付いた木々を見に公園に行ったり

 

久しぶりの休日らしい休日で

生き返ったなあと思います。

 

28歳になって

そのあたりは関西に帰っていたので

たくさんたくさん友達に会えて

たくさんたくさんありがとうを言えました。

 

 

誕生日にありがとうをたくさん言えることほど、嬉しいことはないなと思います。

 

いや、思うようになった、かな。

 

 28年前の11月4日はどんな日だったんだろう。

晴れていたのか、曇っていたのか、

ご機嫌斜めな空模様だったのか。

 

雨女だから雨だったかもしれないな。

 

土曜日だったのは知ってます。

一時期、マザーグースが好きだった時期があって、曜日の詩があったから調べたんだよね。

 

土曜日の子はよく働くんだって。

 

 

様々な楽しい苦しいこと、かあ。

 

背負いこむ過去がどんどん増えて

足元がどんどんおぼつかなくなって

 

それでも

 

心のままに気の向くままに

歩いて行くということは

 

きっと容易なことではないと思うけれど

 

いつまでも飄々と生きていけたらいいな、と

そんなことを思う秋の夜長です。

 

 

 

 

同じ空気を毎日吸って

同じ空気を吐き出してるのに

この口は深呼吸しては

ため息ばかり吐くんです

 

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君はJ-POPが嫌いで

僕はLOVE SONGが嫌いだ

じゃあこの詩はなんて言うんだい?

 そういう矛盾感が切なかったりして

 

11月です🌾

気付けばもう27歳が終わる。

総括する時間は無さそうだけど、総括するでもない年だったと思う。

 

気が付けば桜が咲いていて

気が付けばTシャツになっていてら

気が付けば肌寒くなってきていた

だけの1年。

 

思い悩むことすら無かった。

なにもかもを全部放棄した1年だった。

 

ただ

 

珍しく色んなところに動いた1年でもあって、巻き込んでくれる人が居るのはとてもありがたいんだな、と改めて実感したりもしてる。

 

なにかを残したわけではないけれど

これから何かが少し変化するかもしれない

その蕾が少しだけふくらんだのは

 

何も思い悩まず

何もかもを投げ出すように過ごしていたおかげかもしれない。

 

なんて。

 

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綺麗すぎる新郎新婦💑

人生で1番主役になれる晴れ舞台の二次会を、私みたいな素人に任せてくれたことに感謝。

 

手紙を読むときのBGMに、

私が好きな曲を勧めたらつかってくれた。

 

タイトルこそ「カタオモイ」だけれども

私はとても思い合っている歌に聞こえるんだよ。

 

メインディッシュのあとに

甘酸っぱいデザートを食べる

そんな2人で居続けてくれたらいいな。

 

 

私はJ-POPって嫌いじゃないけど

どちらかといえばJ-ROCKが好きだし

LOVE SONGに共感できるわけでもない。

 

その矛盾を

切ないと思ったことはないのだけれど

 

その矛盾を

悲しいとも悔しいとも思ったこともないのだけれど

 

そうだなぁ どうせ思うなら

その矛盾を、愛しいとか楽しいとか、

そんな風に思えたらいいな。

  

だけどここに孤独は無いな

はしゃぐと汗をかくことに気付いた

音に任した気持ちいい夜だ

言葉も交わせない程のミュージック

だけどここに孤独は無いな

 

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人の中に居る時は孤独を感じるが

自然の中に居る時は孤独を感じない

 

と言った文豪が居るらしい。

日本か海外か忘れたけれど。

 

あーその通りだなと思ったのが

確か中学か高校の頃。

 

10年以上経って、音楽もそうだなと思う。

 

音にまみれていると、孤独を感じない

そんな気がする。

 

フェス会場をひとりで歩いていても

ライブ会場にひとりで突っ立っていても

 

そしていま、空港のカフェで大勢の人に紛れてひとりでコーヒーを飲んでいても。

 

そこだけ自分の世界のように感じるなら

それはきっと孤独を感じるということになるけれど、

 

そこに音楽が入るだけで

自分の世界がイヤホンの先の世界と入り混じって、自分だけの世界ではなくなる感じ。

 

 

メンヘラみたいな恋愛がしたいなと

久しぶりに思ったのは

いきなり寒くなった気候のせいかもしれない。

 

そもそもきちんと恋愛をしたのが5年以上前なので、いま恋愛をしたら否が応でもメンヘラになる気もするが。

 

そもそも恋愛は感情の振り幅が大きくなるから、メンヘラになりやすいだろうな。

 

学生時代は結構恋愛至上主義だった。

誰かに必要とされる、愛される、求められる、それが自分のアイデンティティであったかのようにひたすら恋愛をしていた気がする。

 

確かに自分の知らない自分が垣間見える恋愛は面白かったし、人間の感情の豊かさや醜さや鮮やかさが交錯するのも興味深かった。

 

わたしの恋愛至上主義は結局そういうところだ。

 

ウザかっただろうなと思う。

 

今のわたしは恋愛至上主義どころが恋愛とはなんぞや状態。

 

誰かを慈しむ気持ちが理解できなくて

想像すら追いつかなくて

 

やっぱりわたしは恋愛なんて無理だなと思ってしまう。

 

そんなわたしが

不安になったり、怒ったり、喚いたり

そんなふうになるのだろうか。

 

自分という殻がどんどん強くなって

その殻を破るのが億劫で億劫で仕方ない。

 

でもそろそろ飽きているのも事実なのだけど。

 

孤独をいろんな方法で紛らわすことに慣れてしまって、わたしはどんどんワガママになって。

 

 

わたし ワタシ 私

 

 

君が嘘をつく次の日は

君が嘘をつく次の日は

決まって変な寝癖が

無造作なんて都合のいい言葉では

ごまかせないくらいすごいのが

 

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ショートヘアって寝癖がつきやすいから

毎朝わりと面倒だったりする。

 

巻いたり結んだりしなくていいけど、ブローくらいはしないといけない。

 

 

自分の誕生日に何か買った記憶が無い的な呟きを前回か前々回にしたのだけど、今年はフライングで買ってみた。

 

というか買わざるを得なくなった。

 

わたしが出かけるときの必需品はイヤホンで、無いととにかくつまらない。

 

ウキウキしない。

通り過ぎる人や車がぜんぜんドラマチックじゃなくて、電車や待ち合わせにロマンが無い。

 

BGMの有無でわたしの世界はこんなにも違うのか、というくらいつまらない。

 

そんな必需品をどこかに落としてしまったらしく、ずっと良いイヤホン欲しいなって思ってたから「この際だ」と腹を括った次第。

 

 

だが しかし but

 

今週末は地元に帰り、

来週は第2の地元に帰り、

一週置いて

また第2の地元に帰る

 

鬼の交通費(と、その他諸々)地獄なので

欲しいなと思っていたBoseは諦めた。

 

1万円以下で良いイヤホンを買う。

これがミッション。

 

 

適当にGoogle先生を頼りながら

数年ぶりに新しいイヤホンを買った。

 

ちなみに歴代は

Appleのやつ(普通に良いよねこれ)と、3,000円くらいのオーディオテクニカ?くらいしか使ったことがない。

 

今回は5,000円くらいの

茶楽音人(サラウンド)とかいう遊び心満点のネーミングのところで買ってみた。

 

何色か展開があったけど

わたしはダークブルー。色味は徹底して寒色。

 

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でん!

donguriって種類のやつらしい。

ミニマムでかわゆいです。

 

わたしこういうタイプの、耳にグイッと入る感じのイヤホン苦手なんです。

右耳だけ大きいのです。

こいつも中々しっくりこないのです。

 

Appleのやつでもいつも右だけカポカポしていて、これはカルマだよな、と受け入れていたのだけども

 

今回初めてしっくりきた!

めっちゃフィットする!すげー心地良い!

 

そんでコードがすべすべしてるので

よく絡まって「いっ😑」ってなってたのも解消された模様。

 

おまけに耳掛け装着もフィットする。

 

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通常のやつはほんまにカポカポするのと、コードに触ったりすると音がガサってなるのね。

そもそもイヤホンて耳掛け装着が本来正しい使い方らしいのだけど、耳掛け装着だとコードに触れても雑音が入らない。

 

※通常装着のLRを逆にして耳掛け装着すると自然におさまるよ。

 

 

音は音で高音が特に綺麗。

なんか奥行きのある音になった感じがします。

 

 

自分への誕生日プレゼントとしては

どうかしらと思いつつ、

 

遠征が多いときにイヤホン無いのはほんと地獄なので、買ってよかった。

 

新しいイヤホンを相棒に、

朝から新幹線に乗って岡山に向かっております。

 

音楽があるだけでドラマチック。

「見慣れた景色も宝石に変わる」と、大好きなアーティストが歌っていたなあ。

 

ちなみにその曲はわたしの人生で1番の思い出ソングです。

ほんと、「甘く切なく胸を焦がす響き」です。実はこれも同じ曲だよ。

 

いつまで焦がされるんでしょうか。

それでは。

 

 

雨の魔法が解けるまで

雨の魔法が解けるまで

このままでいさせて

 

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雨は別に嫌いじゃない。

豪雨はやめてくれって思うけど、しとしとぴっしゃん的な風情のある雨はむしろ好き。

 

雨の日に家に居るのも好き。

なにもしないでも許される気がするし、偏頭痛だったり不機嫌だったりしても、雨のせいにできるから。

 

雨は嫌いじゃないけど、いかんせん傘が嫌い。

 

手が塞がるのがどうにも苦手であるし、人混みを歩くと傘がぶつかったりして少し腹がたつ。

 

この前なんて目のギリギリ横にガッツンぶつけられたのに、謝られるどころか目も合わせないし、さすがに舌打ちしてしまった。

 

しかも相手が男だったので

このクソチビが、って心の中でこっそり毒づいてしまった。

 

 

この街に来てから私は性格が悪くなったかもしれない。

というか元来の性格の悪さが表に出るようになった、というべきか。

 

そうやって吐き出さないとやっていけないのかもしれない。

 

消耗する街だな、と思う。

 

でもこの街に来たかったのは何故だろう。

 

音楽や映画や小説に描かれる

東京という街に興味があったからだ。

 

そこに出れば自分も主人公になれるとでも思っていたのだろうか。

 

そんなことしなくても

自分の人生は嫌でも自分が主人公なのに。

 

かといって帰りたいとも思わないし

周りの人が自分に無関心なこの街が、わたしは気に入っているのだと思う。

 

他人への興味が娯楽であるような田舎町で育ったせいか、無関心の渦の中を泳ぐのが気持ち良かったりする。

 

雨だからそんなことをなんとなく思って

雨だからそんなことをだらだらと書いてみた。

 

折り畳み傘が欲しいことを思い出した。

3年ほど前に買った1,000円程度の折り畳み傘は、アラサーになった自分が使うには少し可愛すぎるデザインな気がするし、なんせボロボロだ。

 

開きは悪いし、開けば一箇所骨が折れている。

 

でも使えないことはないし

毎日持ち歩いてはいるけど毎日使うものではないので、なんとなく買いあぐねている。

 

自分の誕生日にでも買うか。

 

とかいって買わないんだろうな。

 

自分の誕生日に自分で何かを買ったことがあったっけ?

はて、記憶を遡っても思い浮かばない。

 

ちょっとした無駄遣いの言い訳にしたことはあるけども、なにか記憶に残るものを買った覚えは無いらしい。

 

自分にもあまり関心が無い自分らしいなと思った。

 

 

人の名前と顔を覚えるのが苦手なように、友達と以前話した内容を覚えていないことが多いように、わたしは他人にも自分にも興味が薄い。

 

そのくせ犯罪心理や凶悪殺人、サイコパスなんかに興味を持ったりすることはままあるから、人間に興味がないわけではないらしい。

 

 

なんなんだろうな。

 

 

架空の人物的なものには興味があるんだろうか。

自分とは程遠い誰かに興味があるんだろうか。

 

小説や映画が好きなのも

とどのつまりそういうことのような気がする。

 

 

雨の魔法は今日のうちは解けないらしい。

 

 

 

thanks for comming! see you.